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2011年1月26日 (水)

インセキ

乱文の上、長くて申し訳ないのですが、
高校でラグビー部に在籍していた同級生の思い出を書かせてください。

もう20年以上前の話です。
高校3年間を共に過ごしたKは、
「どうしてこの学校に来たの?」と聞きたくなるくらい勉強ができ、
さらに温厚な性格のナイスガイでした。

その彼が入学と同時に入部したのが
「中学時代からの夢だった」というラグビー部でした。
中学では陸上部に所属していたKは、
足の早さには多少の自信があったようですが、
もちろんラグビーは初心者。
しかも、それほど体格がいい方ではなったので、
私を含め、同級生たちはKの入部を驚いていました。

そんなKが、なんと入部した数日後にキャプテンに就任したのです!

実は当時の2、3年生は、ラグビーに対する情熱はそれなりにあったのですが、
とにかく荒くれ者というか、やんちゃな人たちが多かったのです。
それで、
「お前のようなちゃんとしたヤツがキャプテンをするべきだ」
という先輩たちの総意による就任劇だったようです。
ちなみに、顧問の先生からも乞われていたようでした。

とにかく、このキャプテン就任からKの苦悩の日々が始まりました。

なにせ、月に一度は停学者を出すようなラグビー部です。

そのたびに、Kは責任を感じて
「キャプテンを引責辞任する……」と深刻な顔で言っていました。

語彙力のない私たちは“引責”の意味が分からず、
「隕石? お前は何を言ってんの?」という天然ボケ発言をKに浴びせ、
挙句にKのことを“インセキ”というあだ名で呼ぶようになりました。

そして、私たちの
「“インセキ”が辞めたって意味はないだろ」という説得もあり、
Kは辞任することなく3年間キャプテンを務めあげました。

常々、Kは「花園に行きたい」という夢を熱く語っていました。

しかし、ラグビー部は決して強いチームではありませんでした。
Kが1年生、2年生の時は県予選で一回戦敗退していました。

しかし、Kは夢をあきらめるどころか、
敗戦のたびに「来年こそは!」と目を輝かせていました。
そんなKを私たちはリスペクトするようになっていました。

何度か見学に行った練習はとにかくハードで、
3年生になったKは厳しい中にも優しく後輩たちを指導していました。

そして、3年生として迎えた最後の県予選。
なんと、K率いるラグビー部は1、2回戦を勝利し、
3回戦へと勝ち進んだのです。

3回戦の相手は優勝候補筆頭のチーム。

「Kの高校ラストマッチになるかもしれない」と、
私たちは友達を誘って初めて試合観戦に行きました。

初めて観客席から見るラグビー場は、
テレビで見るそれとは比べものにならないほど広く感じたのを覚えています。

結果から書くと、Kたちは惨敗しました。

しかし、Kたちは試合終了まで全力でフィールドを走りまわり、
タックルをし、大声で指示を出し合っていました。

決してあきらめないKの姿は感動的でした。
そんなKの姿に私たちは心を揺さぶられ、
「インセキーっ! 行けーっ!」と声が枯れるまで応援しました。
その声は、いつしか涙声となっていました。

試合後、Kに「感動したよ。ありがとう」と伝えに行くと、
「3つ目と6つ目のトライを決められたのはオレのせいだ」と
悔しそうに語っていました。

高校最後の試合を終えて、
きっとKも泣いているんだろうと思っていた私たちは目を丸くしながら、
「インセキは責任感の塊だな」と笑いながら泣きました。

Kは私が今まで出会った中で、最高のナイスガイでした。


最後に後日談を。
Kは大学でもラグビーを続け、
社会人になって入団したチームでマネージャーをしていた女性と結婚しました。

同窓会で久しぶりにKと会った時に、
実は「できちゃった婚」だったことを聞き、
「さすがは“インセキ”。きちんと責任をとったんだな」と大いに冷やかしてやりました。

2011年1月25日 (火)

Training Montage

試合前に必ず聴く曲は、
映画・ロッキー4のサウンドトラック内に収録されている
「Training Montage」です。

格闘家の高田延彦選手が入場テーマ曲としても使用していました。

荘厳な曲調が、
気持ちを盛り上げてくれるんです。

2011年1月20日 (木)

「ピンキー」さん

皆さんは、他の学校の選手に勝手にあだ名をつけていませんでしたか?
学生時代、ウチの部の先輩たちから「ピンキー」と勝手に命名されている選手がいました。

由来はもちろん『ピンクのグッズを使用している』から。

グリップテープやガットだけでなく、
靴下やリストバンド、タオルまでもピンクという徹底ぶりでした。

それなりに強い選手でしたが、試合をしたことはありません。


だって、「ピンキー」さんは……男子選手でしたから(笑)。